本書の著者・熊野先生とは十年来のお付合いになる。そもそもは、90年3月自費出版された「高校数学研究ノ-ト」を送呈されたのが縁である。高校の先生から、御自身の授業経験をまとめた小冊子を仕事柄よく送って頂くのだが、中でも熊野先生のものは質が高かったのを憶えている。それ以来、小社で事務局をしている数学工房に遠方にも拘わらずたびたび来られて、粘り強く数学に取り組まれていた。
その熊野先生から、2001年1月に連絡があった。「今までの自分の研究をまとめて自費出版したいので、『季刊 数学工房』に載せた論説の掲載を許可してほしい。」私は即座に答えた。「自費出版をしても、人の目に触れることは殆どないから、サイエンティスト社から出しましょう。」という訳で制作が始まったのである。熊野先生は数式組版ソフトTEXもよくされるので、御自身で版下も作成されるから、出版社としては大変ありがたい本作りであった。しかし編集者としてやることはある。一つは目次を決めることである。熊野先生が用意されたのは、発表誌ごとに内容を分類した目次だったが、それだと読者からみてまとまりが悪いので、私は各論説のタイトルをカ-ドに記し、それを並べながら目次を構想していった。こうして、内容によって以下の6章に分け、併せて章タイトルを、サブタイトルも含めて考えた。また「数学工房と私」というエッセイも一本書き下ろしてもらった。
次に頭を悩ませたのが書名である。熊野先生のタイトルは「こだわり数学ノート」であった。著者の思い入れは出ているのだが、書店店頭でのアピール度に乏しい。さあ、どうしたものか。私も悩んだ。なかなかぴったりの書名が思い浮かばないのだ。そうこうするうちに制作は進み、本文は完成していく。いよいよ待ったなしになってきた。宣伝パンフレットを作る時期にもなってきた(2000年11月頃)。
私は、改めて中味を読んで、本書の中心が、著者の取り組んできた初等数学と呼べばよい分野の問題を、情熱を持って解いた本であることを認識したのである。数学書のタイトルに、例えば「~ワンダーランド」などと、歯の浮くような言葉は付けたくない。名は体を表してほしい。そう腹を決めたら、自然に「初等数学・解くよろこび」という案にたどり着いたのであった。幸い、小社営業スタッフの賛同も得られ、決定したのである。
タイトルが決まれば、表紙デザインのアイデアは直ちに、と言っていいくらい浮かんできた。解くよろこびが初等数学という函からあふれ出てくるイメージが、本書の表紙にふさわしいと直観されたのである。小社の書籍デザインを一手に引き受けているオフィスシード(〒104-0033 中央区新川2‐16‐10‐801 Tel・Fax03‐3265‐3320)の野村さんに相談し、宝石函とそこからあふれ出る宝物たちにふさわしい一品をさがしてもらったのだが、果して、古道具屋に、私のイメージ通りのものがあったと言う訳である。こうして、本書のカバーとして、今読者の皆様のお手許にあるような一冊が完成した。
今回は編集者にとって楽しい作業ばかりであった。