かまど屋は、肴菜料理の店と銘打った、大衆酒場である。何しろ、サイエンティスト社の入っている山崎ビルの隣にあるのだ。多いときは週に3~4日通うことになる。
10月28日(月)も夜9時過ぎにノレンをくぐった。私を含めた総勢6名。
一体、それまで我々は何をしていたのか。約4年前に、数学工房・医薬安全性研究会の主催によるデータ解析講習会(線型代数入門、確率・統計入門)を修了(各々約一年のコース)したメンバーにより、応用数理研究会を立ち上げ、大体、月一回のペースで40回を数えるに至った。『統計モデル入門』(ドブソン、田中・森川訳、共立出版)の輪読を36回かけて終了し、現在は、『多変量解析の理論』(伊藤、培風館)の輪読を続けている。午後6:00~9:00までの研究会(参加は14名)が終了して、有志が呑みに来た、という訳である。
私は11月27日の製薬協での講演を準備する過程で、「書く」ということの意義を伝えたいと願っている。ともすると、理系の文章は事実を客観的に書けばいいのだから、文学のような技巧などは必要なく、美辞麗句をさがすこともないので簡単であると思われている。そうではない、と言いたい。「客観的に書く」ことなど原理的にできないし、「記録する」ことさえ、決して誰がやっても同じになるものではない、と言いたい。
書く、とは、選択なのである。現前する状況のなかから場面と、場面を描写するにふさわしい言葉を選択する作業なのだ。当然、主体による決断が行われている。
それは、どんなに日常的な場面をテーマに選んだとしても機能する。
という訳で、呑み会の場面を描いてみようということになったのである。
店内は、カウンター席が10席ほど、テーブルは4人掛けのテーブル3卓、6人掛けが1卓で、我々が入ったときは、2人の客が4組、5人の客が1組、にぎやかに杯を傾けていた。5人組のテーブルには、今シーズン初の鍋(多分ちゃんこ)が出ていた。さすがに、晩秋を迎え、夜は寒くなっていた。
我々は、4人掛けテーブルを移動して近づけて着席した。常連だから許されるのである。
まず、中瓶の黒米ビールを3本頼む。これは御殿場高原ビール製の地ビールである。以前は生ビールが置いてあったのだが、評判は今一つだったらしく黒米ビールに変わったのだ。クセがなく、コクがあって飲みやすく、なかなかうまい。シールには「古代の息吹きを感じさせる淡い色合い。古代米のひとつとして知られる黒米をブレンドしたビール」とあった。1本680円。ほどなく、お通しがくる。この日は珍味のタコワサビであった。
注文は思い思いに行う。誰が何を注文したか、どんな順番で料理がきたかはメモし切れなかったが、最初のオーダーは以下の通りである。
この日の話題は、自然に「書く」というところに向かった。小学校時代の作文は何故つまらなかったのか、から始まり、最初にも書いた「客観的に書く」ということの嘘、論理的に書くことの難しさなど、話題が続いたのである。当然11月27日の製薬協講演で話す内容についてもアドバイスを頂いた。総括報告書の書き方についても実情を聞かせてもらったのである。
やがて料理が次々に運ばれてくる。かつを漁師寿司は、漁師さんの食べ方を採用したのが売りの、かつを寿司。即ち、マスタードがシャリに付き、づけで食べる。と言っても、づけが、かつをを醤油漬けしてあることだとは、若い店長の高橋君に聞くまで私は知らなかったのだが。
活鯵は、文字通りピンピン活きている鯵をたたきにしたもので、カウンターの上にある水槽にさっきまで泳いでいた魚である。
肉じゃが煮については、薄味だが肉がごそっと固まって多いとは杉山さんの評価。
ざる豆富は、型押ししないでざるに乗せて水を切るのが特徴。豆腐の中に大豆がちりばめられていて、やわらかさと固さの食感がいい。なお、何故「豆腐」ではなく「豆冨」なのかと疑問が出され、どなたかから、「縁起かつぎでは」との解が出された。店長に聞くと果たしてそうであった。
そしてきびなごである。きびなごはニシン目の海魚で、体長10cm程の小魚、背は青緑色。味はさよりに似た淡白な味。手開きにして、皮側を外に身を2つ折にして皿に菊の花のように丸く盛り込むという、おそらく、きびなごの供し方としてよく知られる、独特な盛り付けがなされている。小骨がうまい具合にパリッとした歯応えを演出してくれた。皮も非常に美しい。
かまど屋も粋な仕入をするなァと思って聞いてみると、実はその日他の魚が入る筈が、きびなごが入荷したそうである。そこで急遽刺身にあつらえたとのこと。現場はいろいろある。
こうして呑み会は進行し、料理は平らげられていった。私と村岡さんはさらに、生ビールの中ジョッキを各々2杯あけ、杉山さんは生グレープフルーツサワーを1杯頼んだ。料理のラストオーダーは、焼きうどん(430円)2人前、特製お好み焼き(広島風)(430円)。この広島風は、なかに焼ソバが入っているための呼称であるとのこと。
いつにも増してにぎやかだった呑み会も、10時50分にお開きになった。締めて、11050円+552円(消費税)=11602円。かまど屋には、ドリンク1杯無料券があり、5杯分2260円が差し引かれ、9342円の会計となった。一人当たり1557円。割り勘である。かまど屋会計の基本値段(1000円~2000円)に納まった。
以上、日常的な情景を描いた他愛ない文章でも、基本的な情報はよく取材し、正確な記録をとっておかないと、あやふやな文章になってしまうことは了解して頂けると思う。
なお、11月5日に、SAS JMPの野田氏と熱燗で一杯やったときに確認したところ、黒米ビールの正式名称は黒米ビール瓶生であったので訂正したい。