2005年3月25日、私は盛岡にいた。岩手県の、海洋環境事業の委員会に参加していたのだ。1週間前に『三陸の海と生物』という新刊を出した縁による。
海洋生物や海洋生態系の研究者と県の担当者が集い、県主催による研究事業の成果報告と、今後の研究事業が紹介された。ユニークな集いである。会場であるエスポワール岩手での交流会、街に繰り出してのワインとタンゴの生演奏を楽しんで、エスポワール岩手に戻ったのは午後10時過ぎであった。
タイミングよく、サッカーW杯最終予選、日本対イラン戦が始まろうとしていた。見ない訳にはいかない。後半、日本が同点に追いついたときは、大したサッカーファンでもないのに、思わずガッツポーズをしたのだが、すぐそのあと、スキを突かれて(熱心に見る訳ではない私にも分かった)点を入れられたときは、身体中の力が抜けてしまった。一体何なんだ!
結局2対1で敗れ、3月30日バーレーンに辛勝し2勝1敗で前半戦を終えたことは言うまでもない。
後半までの2ヶ月余、話題は、もちろん日本はW杯へ行けるか、である。4月の日曜の朝、椎名町の珈琲館でコーヒーを飲みつつ、スポーツ紙を読んでいると、W杯予選の展望について寸評が載っていた。なんでも「日本は2勝1分けを目指さなければ駄目だ、W杯は甘くない」というような内容だったと思う。「そうかな?」と私はチラッと思ったのである。そして、少しずつ考え始めた。「日本がW杯に行く確率は本当はどのくらいなのだろう?本当に2勝1分けでないと駄目なのか」と。
最初は、具体的な場合を取り上げて、各国の勝ち点を計算してみた。
日 | イ | バ | 北 | |
日 | ● | △ | ○ | |
イ | ○ | △ | ○ | |
バ | △ | △ | ○ | |
北 | ● | ● | ● |
という具合に。しかし、こんな例を漫然と書き出しても、何も分からないことに気が付き、昼休み(一応あるにはある)にまじめに考えてみた。
後半戦は、全部で6試合行われる(上図参照)。各試合は一つのチームから見れば、勝ち負け、引き分けの3通りが生じ、各々の試合は独立だから、
すべての場合について勝点を計算し、日本が2位以内に入る場合の数を数えれば、確率が計算できる。とはいえ、手で計算するのだから、大変だ。私は数日、ためらっていた。一、二の場合について図1のように勝ち点を計算しようとすると、ひどく面倒で、先へ進まなかったからだ。
しかし、日本はW杯へ行けるのか行けないのか、どうしても知りたい。TVで見た試合の緊張感は、長年見てきた野球にはないものだったから。
私は日本が1勝1敗1分けの場合、他チームの3試合の勝敗をすべて書き出して、日本の勝ち点を計算することにした。そのため、単純なことだが、図1を1列にした。
イ | バ | 北 | バ | 北 | 北 | |||
日 | イ | バ |
図2を作り、勝ちを○、引き分けを△、負けを●と記すことを思いついた。無論、勝敗は、行の国から見たものである。
ここで、
これを書き出して、勝ち点を記し、さらに前半戦の勝ち点を加えて一覧表を作った。
図3は日本が北朝鮮に勝ち、バーレーンに引き分け、イランに負けた場合のもので、日本の勝ち点は10である。
イランの勝敗 | バーレーンの勝敗 | 後半戦の勝ち点 | 最終的な勝ち点 | |||||||
VSバーレーン | VS北朝鮮 | VS北朝鮮 | 日本 | イラン | バーレーン | 北朝鮮 | 日 | イ | バ | 北 |
○ | ○ | ○ | 4 | 9 | 4 | 0 | 10 | 16 | 8 | |
○ | ○ | △ | 4 | 9 | 2 | 1 | 10 | 16 | 6 | |
○ | ○ | ● | 4 | 9 | 1 | 3 | 10 | 16 | 5 | |
○ | △ | ○ | 4 | 7 | 4 | 1 | 10 | 14 | 8 | |
○ | △ | △ | 4 | 7 | 2 | 2 | 10 | 14 | 6 | |
○ | △ | ● | 4 | 7 | 1 | 4 | 10 | 14 | 5 | |
○ | ● | ○ | 4 | 6 | 4 | 3 | 10 | 13 | 8 | |
○ | ● | △ | 4 | 6 | 2 | 4 | 10 | 13 | 6 | |
○ | ● | ● | 4 | 6 | 1 | 6 | 10 | 13 | 7 | |
△ | ○ | ○ | 4 | 7 | 5 | 0 | 10 | 14 | 9 | |
△ | ○ | △ | 4 | 7 | 3 | 1 | 10 | 14 | 7 | |
△ | ○ | ● | 4 | 7 | 2 | 3 | 10 | 14 | 6 | |
△ | △ | ○ | 4 | 6 | 5 | 1 | 10 | 13 | 9 | |
△ | △ | △ | 4 | 6 | 3 | 2 | 10 | 13 | 7 | |
△ | △ | ● | 4 | 6 | 2 | 4 | 10 | 13 | 6 | |
△ | ● | ○ | 4 | 4 | 5 | 3 | 10 | 11 | 9 | |
△ | ● | △ | 4 | 4 | 3 | 4 | 10 | 11 | 7 | |
△ | ● | ● | 4 | 4 | 2 | 6 | 10 | 11 | 6 | |
● | ○ | ○ | 4 | 6 | 7 | 0 | 10 | 13 | 11 | |
● | ○ | △ | 4 | 6 | 5 | 1 | 10 | 13 | 9 | |
● | ○ | ● | 4 | 6 | 4 | 3 | 10 | 13 | 8 | |
● | △ | ○ | 4 | 4 | 7 | 1 | 10 | 11 | 11 | |
● | △ | △ | 4 | 4 | 5 | 2 | 10 | 11 | 9 | |
● | △ | ● | 4 | 4 | 4 | 4 | 10 | 11 | 8 | |
● | ● | ○ | 4 | 3 | 7 | 3 | 10 | 10 | 11 | |
● | ● | △ | 4 | 3 | 5 | 4 | 10 | 10 | 9 | |
● | ● | ● | 4 | 3 | 4 | 6 | 10 | 10 | 8 |
このとき、バーレーンの勝ち点が日本を上回るのは、以下の3通りのみである。
日 | イ | バ | 北 | |
日 | ● | △ | ○ | |
イ | ○ | ● | ○ | |
バ | △ | ○ | ○ | |
北 | ● | ● | ● |
日 | イ | バ | 北 | |
日 | ● | △ | ○ | |
イ | ○ | ● | △ | |
バ | △ | ○ | ○ | |
北 | ● | △ | ● |
日 | イ | バ | 北 | |
日 | ● | △ | ○ | |
イ | ○ | ● | ● | |
バ | △ | ○ | ○ | |
北 | ● | ● | ○ |
いずれも、バーレーンは2勝1分け(日本と引き分け)の時。即ち、日本が北朝鮮に○、バーレーンに△、イランに●の時に、バーレーンが勝つ(2位以内)確率3/27=1/9に過ぎない。日本は8/9の確率で予選2位以内を確保する、というわけだ。
では、他の5つの1勝1敗1分けの場合の勝つ確率を掲げよう。
(A-1)
イ | バ | 北 | |
日 | △ | ○ | ● |
日本の勝つ確率は1(=27/27)である。バーレーンは最高でも2勝1敗止まりで、勝ち点は10で日本と並ぶが、日本に敗れているので3位に甘んじることになる。展開によっては日本が1位になる場合が9通りある。
(A-2)
イ | バ | 北 | |
日 | ● | ○ | △ |
イランに負けての1勝1敗1分けだが、対バーレーンについては変わりなく、日本は2位以内を確保でき、勝つ確率はやはり1=27/27である。但し、イランを上回ることはできない。
(B-1)
イ | バ | 北 | |
日 | ○ | △ | ● |
バーレーンには引き分けだが、イランに勝つと、日本の勝つ確率は27/27=1 or 26/27となる。
何故2通りあるかと言えば、次のパターンの時、
日 | イ | バ | 北 | |
日 | ○ | △ | ● | |
イ | ● | ● | ○ | |
バ | △ | ○ | ○ | |
北 | ○ | ● | ● |
即ち、イランが1勝2敗、バーレーンが2勝1分けだと、バーレーンが勝ち点11で1位になり、日本とイランは勝ち点で並ぶ(しかも1勝1敗)から、現時点ではどちらが2位になるか分からないからである。
また、同じくバーレーンが2勝1分けで、イランが2敗1分け、あるいは3敗とすると、イランは3位に後退し、W杯へ行けなくなる。
(B-2)
イ | バ | 北 | |
日 | ● | △ | ○ |
これは最初に示したパターンで、日本が勝つ確率は24/27=8/9であった。
(C-1)
イ | バ | 北 | |
日 | ○ | ● | △ |
この場合、日本は不利に(確率が小さく)なるように思われるかもしれないが実はそうでもない。前提として1勝1敗1分けを仮定しているので、イランには勝つか引き分けになるからだ。むしろ、イランが3位に沈む場合が9通りも出現する。バーレーン1位、日本2位だから、日本は予選を勝ち抜くことになる。
はっきりと、日本が3位になるのは、次のパターンだけである。
日 | イ | バ | 北 | |
日 | ○ | ● | △ | |
イ | ● | △ | ○ | |
バ | ○ | △ | ○ | |
北 | △ | ● | ● |
即ち、バーレーン2勝1分け、イラン1勝1敗1分けだと、ともに勝ち点11で、日本の10点を上回ってしまうのだ。そして、勝ち点10で並ぶパターンが7つあり、これはどうなるか分からない。特に下図が面白い。
日 | イ | バ | 北 | |
日 | ○ | ● | △ | |
イ | ● | ○ | ● | |
バ | ○ | ● | ○ | |
北 | △ | ○ | ● |
イラン1勝2敗、バーレーン2勝1敗だと、3チームが勝ち点10で並ぶのである。
このパターンで日本が勝つ確率は最善で26/27、最悪で19/27となる。バーレーンに負けることが如何に大きいか分かる。
(C-2)
イ | バ | 北 | |
日 | △ | ● | ○ |
このパターンだと、バーレーンに2位または1位を奪われるのは4通りであった。多いとは言え、それでも日本の優位は変わらない。このとき、イランが3位になるのは6通りである。
日本の勝つ確率、最善は23/27、最悪は19/27と出た。
こうして日本が1勝1敗1分けの時の全パターンについての勝ち点が出揃った。すべて集計すると、
最善 | 最悪 |
154/162 | 142/162 |
95.1% | 87.7% |
と計算された。いい確率ではないか。無論、残り6試合の勝負は互いに独立ではなく、複雑に係わり合っていることは承知している。しかし、このように全パターンを同等とみて、客観的にデータを出すことが無意味とは思わない。
さあ、6月3日のバーレーン戦だ!