第2期医薬安全性研究会

Japanese Society for Biopharmaceutical Statistics - Since 1979 (1st 1979~2007, 2nd 2007~)

巨人はいつから弱くなったか -データで比較する-
第1回 打率から検証する

1.はじめに

2005年シーズンの巨人はまことに無残な結果になってしまった。開幕以来、ついに一度も勝率五割を超えることなく、ヤクルト以外には大きく負け越し、順位は5位に定着して、上位を窺うことはなかった。投打の成績も全チームの5位か6位。傑出した選手、タイトルを争う選手も全く現れない。その戦いぶりはAクラスのチームのものではなく、Bクラスに定着している弱小チームそのものだ。確固たる勝ちパターンがない。打ち合いになれば打ち負ける、投手戦になれば1点に泣く、リードしても終盤に逆転される、先攻しても追いつかれる、先攻されると逃げ切られる。大差でリードしないと、勝てないという印象である。強い、弱いといっても、プロ野球なのだから、戦力が段違いに差があるはずはない。力の差は紙一重であろう。勝敗を分けるキー・ポイントは一試合に何回もある訳ではない。あのときエラーしなければ、あのチャンスに一本出ていれば、あのピンチを抑えていれば、投手交代を間違っていなければ…。そのポイントをどちらのチームがにぎれたかによって勝敗は決していく。しかし、その積み重ねが、長いペナントレースでは、大差となって結果していく。

黄金時代の巨人は、常にその主導権をつかんで離さなかった。無論、それを支えるチーム力も他をリードしていた。ここ一番の勝負強さ、試合運び、先端的な野球理論や技術の吸収による作戦の優越性、そして勝利を支える目覚しい個人記録。

この数年の巨人をみると、そのすべてを失っていると言ってよい。しかも、データ戦略でも負けているとしか思えない。おまけに、TV視聴率もかつてないほどに落ち込んでしまった(5.2%で同一時間帯最低という日もあった)。私自身、巨人戦の中継を見ることは殆どない。時間的に仕事中(呑み会も含めて)だから、ということもあるが、是非見たい、という気が全く起きないのである。かつてなら(ん十年前)、緊迫した投手戦を制する解放感や、劣勢を引っくり返す逆転サヨナラの解放感を求めて見たこともあったが、今は、相手チームにそれを演じられている。そんな試合をわざわざ見る巨人ファンはいないだろう。視聴率低迷は当然である。実際スポーツニュースで見る試合内容はお粗末の一語に尽きる。

どうしてこんなことになったのだろう。フロントに、渡辺恒雄という野球をバカにしたことで悪名を馳せた代表がいて方針を誤らせた、という要素もあるかも知れないが、私は、敢えてデータから、この惨状を分析してみたいと思った。

本当は「勝負強さ」というものを分析できればいいのかも知れないが、一ファンの私には難し過ぎて無理である。どんなデータをみればいいのかも分からない。それよりも、客観的な基本データを調べることで、どこまで物が言えるかに挑戦してみたい。

それを可能にする1冊の記録集がある。


『日本プロ野球記録大百科 2004』(財団法人 日本野球機構)

確かプロ野球の記録をまとめた本があるはずだとさがしたら、果して、この本が見つかったのである。私は、躊躇なく、私財を投げ打って本書を購入した。

ここにはプロ野球のリーグ戦が始まった昭和12年から、2003年までの各年度のチーム成績、投手成績、打者成績をみっちりと網羅している、データの宝庫である。ここからいろいろなデータを引っ張り出して、巨人が何故弱くなったのかさぐってみたい。そのためには、データの比較が必要である。私はやはりV9時代を対照に選ぶこととし、最近9年間(データ数を揃えるため)を比較することにした。解析を補完するために購入した『宇佐美徹也の記録巨人軍65年』(説話社)や『巨人軍ヒストリー』(読売ぶっくれっと No.27)によると1984年に王が監督になったときに掲げたスローガンが「攻撃野球」であった。それは1993年に長嶋が再び監督になってからも継承されている。

『巨人軍ヒストリー』に次の一文がある。


94年の落合博満(当時中日)、97年の清原和博(当時西武)に次いで、2000年は江藤智(当時広島)と、第2次長嶋巨人はFAの大物を次々と獲得し、「4番バッターばかり集めて」と世間の不評を買った。しかしこれは、長嶋監督が常々抱いている「プロ野球の危機」を考えての行動だ。

長嶋監督は一貫して面白い野球をファンに見てもらうことを前提に、チームもゲームも組み立てていく。そうすると、自分の得意分野である”攻撃野球”へ行き着く。松井秀喜、高橋由伸、清水隆行、二岡智宏、元木大介らの生え抜きにFAを絡めて強力打線を構成し、相手を打ち負かす。2001年の重量打線はこうした考えから作り出された。その裏にあるのは、「危機感」なのだ。


2005年シーズンまでみると「4番バッターばかり集めて」という批判は、やはり当然のことだったと思う。4番ばかりでは野球ができない、という点でもそうだし、巨人の場合、この「4番バッター」がほとんど活躍しなかったという悲喜劇に見舞われたという点でも、大失敗だったと思う。長嶋の思いは巨人で華開かず、むしろ、王ダイエー(現ソフトバンク)でこそ開花したように見える。

ともあれ、V9時代との比較として、


最近9年間の巨人の攻撃野球は成功したか?


と立ててみよう。したがって、比較対象は

V9 最近
1965
|
1973
1996
|
2003

の2群である。実は、この前後数年は、巨人にとって低迷の原因になったと思われる事象が起きている。94年のFA制度の始まり、96年12月の渡辺オーナーの就任。いずれも、攻撃野球という理念に拍車がかかった(あるいは暴走した)事柄であろう。その意味では、94年からの9年間を分析対象とすべきかも知れないが、FAで4番バッターばかりかき集めたグロテスクさを際立たせるという意味で、直近の9年間のデータを用いることにした。

さあ、始めよう。


2.データ解析

(1)チーム打率

まずは、チーム打率はどうだったのだろう。V9時代と最近9年間のデータを次に掲げる。

V9 最近
65 .246 96 .253
66 .243 97 .251
67 .265 98 .267
68 .262 99 .265
69 .263 00 .263
70 .240 01 .271
71 .253 02 .272
72 .254 03 .262
73 .253 04 .275
平均 0.253222 0.264333
標準偏差 0.008969 0.008201
t検定 0.006603

この表を並べ換えて、率の大きい順に示してみよう。

V9 最近
.265 .275
.263 .272
.262 .271
.254 .267
.253 .265
.253 .263
.246 .262
.243 .253
.240 .251

一見すると、最近9年間の打率は明らかにV9時代を上回っており、攻撃野球は結実しているように見える。試みに出した平均値は、V9時代2割5分3厘、最近は、2割6分4厘、その差は1分1厘、標準偏差は各々9厘、8厘と、極めて小さく、t検定の結果はp<0.01で高度に有意である。しかし、近年の野球は打高投低に変わっているので、1分の差が、攻撃力を増したからだとは必ずしも言えない。他チームよりも傑出しているのかを見なければ、打撃が優位なのかどうかは分からない。そこで、各年度での、チーム打撃順位を比べてみよう。

V9 最近
順位 順位
65 2 96 5*
66 3 97 4
67 1 98 2
68 1 99 2
69 1 00 4*
70 3 01 2
71 1 02 1*
72 1 03 4
73 1 04 3
*印は優勝年

棒グラフにすると、さらによく分かる。

グラフから一目瞭然だが、最近の巨人のチーム打率はバラついている。しかも、低い順位の方に、だ。つまり、高い打撃のように見えて、相対的には低いのだ。とても攻撃野球が定着しているとは言えないだろう。しかも面白いことに、96年は、チーム打率が5位にも拘らず優勝しているのだ。これは、却って巨人が掲げた理念が機能していないことを示していると私には思える(実際96年は斉藤、ガルベスが防御率1、2位を占め、チーム防御率も3.47と、唯一チーム3点台を保ち1位、SPも61で1位、失点も少ない方から数えて1位であった)。


第二回へ続く
(2005.10.4)