人文・社会科学の本の取次店、鈴木書店が自己破産したというニュースは、出版社にとっては衝撃であった。
何年か前、営業の海老澤君と、神田小川町にあった古い木造の鈴木書店本社を訪ね小社との取引を依頼したことがあったからでもある。
しかし、あっさり断られたのである。取引額が月に100万円に充たないと、取次は採算がとれないという理由であった。小社の場合、日販についても100万円を越えるのは年に数回に過ぎないから、なるほど、無理だと知ったのである。
そのときの話だったか、人に聞いてだったか鈴木書店の経営が苦しいということを知ったのである。特に、書店からの返品の際、他の取次から仕入れた本を鈴木書店に勝手に返品してしまい、経営を圧迫しているとのことだった。「ひどい話だ」とは思ったが、どれだけの規模で行われて、どれだけ経営を悪化させているかまでは知る由もなかった。
そして、今日の事態である。いつも通る小川町の地にはすでに鈴木書店はなかった(移転して)のだが、今回の報道で破産の事実は初めて知ったのである。
新聞では、再建策がなかったように書かれているのだが、本当にそうだったのだろうか。例えば、鈴木書店のマージンは7%強だそうだが、余りに低過ぎる。小社が取次に払っているマージンは12%である。このマージンを引き上げることを、主要取引出版社に提案したか、したけれども出版社が呑まなかったのか、私には気にかかる。支払い条件にしてもそうだ。小社は、日販に委託すると、その清算は6ヶ月締である。鈴木書店も出版社に対し、支払い条件の緩和を提起したのであろうか。報道からは窺えない。また、前述した返品問題は、どう対処したのだろう。
書店・出版社に対して、帖合を鈴木一本にしぼってくれ、という交渉はしなかったのだろうか。いろいろなアイディアがあり得ると思うのだが、知りたいところである。
鈴木書店の破産により、「良書」が手に入りにくくなる、という議論があるが、私は与しない。
本を読者に手渡すのは、出版社、取次、書店の責任であり、どんな事態になっても、続行していくべきことである。
鈴木書店がなくなったら次の手を打つべきだろうし。なくなることが深刻な影響を及ぼすなら、何がなんでもつぶさないようにすべきだろう。この点の姿勢が、私にははっきり見えてこなかった。
小社は非力ではあるが、何があってもしぶとく生き抜いていくつもりである。