第2期医薬安全性研究会

Japanese Society for Biopharmaceutical Statistics - Since 1979 (1st 1979~2007, 2nd 2007~)

出版不況について

<出版不況>が言われて久しい。私がサイエンティスト社を立ち上げた頃(1976年)から出版界は不況であり、一度も好況を言われたことはなかったと記憶している。一体、出版界はどうしたのだろうか。

出版界の大不況については『だれが「本」を殺すのか』(佐野眞一)や『出版大崩壊』(小林一博)などに詳しく書かれている。少し紹介してみよう。

まず驚くのは出版点数の増大である。


1973年 20138点
1983年 33617点
1993年 45799点
1998年 65513点

大変な増加である。出版人の端くれとしても、どうしてこんな、日本の読書のキャパシティを超えるような出版点数になってしまったのか不思議である。しかも、書籍の売上げは96年の1兆900億円をピークに漸減し、雑誌を合わせても売上げの減少が続き、トータルでも2兆5000億円前後だそうである。おまけに返品率も上昇し、本の寿命も委託期限の切れる6ヶ月で尽きてしまい、返品された本が再び書店に並ぶことはないそうである。著者らは、このような状況に至った流通の仕組みについても詳述している。

出版界は大変なことになっているのである。

しかし、だからサイエンティスト社がどうにかなっているのか、だ。しっかりと生き抜いているのである。何故か。大状況と局所状況は違うからである。出版という大海が荒波にもまれていても、小出版社が棲息する深海底は意外に静かなのである。

「本が売れない」という言い方を私は好きではないし、本の販売について正確な捉え方ではないと思っているのだ。何故なら、どんな尺度で売れる・売れないを測っているのか曖昧だからである。出版社による勝手な思い込みによる予測が外れたから売れないと判断していいのか。あるいはコストを回収できるまでに至らなかったから売れない(もしそうなら多分、半分以上の本は部数に拘わらず売れない本になってしまうであろう)のか。それとも、その本の読者のポテンシャルに届かなかったから売れない、としているのか。基準がはっきりしない。単純な量的評価だけでは語れないはずなのである。

小社は初版発行部数が1000部の本が多い。その1000部を1年以内に売ることを目標にしている。1000部でも十分「売れる」本なのである。

そんなサイエンティスト社の昨年の売上げは5540万円、うち商品売上げは3400万円にすぎない。しかも、商品=自社出版物と限っている訳ではない。他社の本も提携して販売するし、委託出版物の売上げも含まれている。純粋な自社出版物の売上げは、3400万円の80%ぐらいではなかろうか。そのなかで日販分はさらに少ない。

佐野、小林の両著者にとっては、眼中にないようなランクであろうが、どっこい生き抜いているのである。

実は、小社のランクがどの位か、大よそ分かる。取引している取次のなかで日販との取引額は最大であるが、日販における取引額の順位が分かるのである。3年前は1209位であったが、8月に日販に問い合わせたところ、881位になっていた。この順位をどう評価したらいいのか。小社が健闘していると言うことなのか。882位以下の出版社は苦しい、ということなのか。出版社は5000社と言われている。そのうち現在、取次と取引しているのは3500社とも言われている。その中での881位と言う訳だ。

さっき、初版は1000部売ることを目指す、と書いたが、それだけで生きていくのは難しい。まして小社の新刊発行点数は10点に満たないし、全刊行点数を合わせても、やっと105点なのである。所謂、「正常ルート」と呼ばれる取次-書店ルートのみが営業ルートであれば成り立たないだろう。言いたいのは、だからこそ生き抜いて出版活動を持続する方法が必要だ、ということである。「出版社」という型にはめて、その「型」の出版経営が苦しいと言うだけではあまりに戦略がない。この時代が、型通りの出版ではやっていけないのなら、型を破ればいいだけの話だ。出版不況を言う人は、出版社という「型」を打ち破ろうとする発想がないように見える。

サイエンティスト社は、出版を型にはめて考えてはいない。書籍の販売だけではなく、研究会の運営、数学工房の実践、委託出版の受注など、出版機能を活かせる事業なら積極的に取り入れて、しぶとく生きる道を模索しつつ前進しているからである。

私は、「出版不況」という考え方に納得していないのである。6万5000点という、日本の読書人口のキャパシティを超える点数を発行しておきながら、自らを変革できず、原因を他に転嫁するような「出版不況」という観念を持ち出すことが。

今更、私が言うまでもなく、情報を調べるのにインターネットを使うなど、本をめぐる状況が大きく変化している以上、出版社(取次、書店)も、時代に対応する他はないのであって、「出版不況」ではない、と私は思っているのである。

著者らは、人が本を買わなくなった、読まなくなったと嘆くが、本を買って下さっている方に失礼な話である。ベクトルが違うように思う。

なるほど、本を読まない人に本を読んでもらう、財布の中から本の購買に充ててもらう努力をすることは大事である。しかし、それだけだろうか。本を読む人への手当て、および本そのものの創意を深化させることは不用なのだろうか。いや、大事なことである。読書人の水準を上げる試み、読書人を養成する試みがなされてもいい。「読む」という行為の意味を深める作業も不可欠である。読む人を大事にする、という事である。当然、現代における本の意義を改めて追求することもテーマになるだろう。

繰り返すが、「出版不況」という認識で問題が解決されるとは思えないのである。

(大野満夫)